東南アジア周遊 その9 旅をする理由(ハノイ)
前回までのあらすじ
黒魔術錬成酒
ベトナム首都ハノイへ
この二都市間移動で有名なのがバックパッカーの間で有名な「カオス」「地獄」「死のバス」の異名を持つ国際バスが。
なぜそんな異名を持つのか
・前に記した通りラオスは未舗装路だらけなので揺れや騒音が多い。
・バスのクオリティが低く、雨漏りすることがある。
・スリーピングバスなので常にリクライニング。席を起こせない。
・頻繁にオーバーブッキング。運が悪ければ通路で寝ることに。
・この地獄が24~26時間続く。
とまぁすごい有様。
一方、飛行機だと1時間。
料金もバスは5~6000円に対し、飛行機は7000円。
大した値段差もないうえに時間がかかるバスに乗るのはジ〇ーブログと陸路国境越えという言葉に酔いしれてる学生くらいな気がする。ちなみにジョ〇ブログはみたことありません。
というわけでルアンパバーン国際空港へ向かいます。
Grabは使えないのでその辺のトゥクトゥクと値段交渉するが5ドルと言い張る。渋々5ドルで乗ろうとしたら旅行者のコリアンハンサムが来て
「俺とこの人、ふたりで2ドルで乗せろ」
流石に断る運転手。
「じゃあ乗らない。あんた一緒に別のタクシー探そうぜ!」と言うではないか。
彼は英語が上手だったので一緒に行くことに。結果的にひとり1.5ドルで空港まで行けた。ありがとうコリアンハンサム・・・。
そうして無事ハノイに到着、時刻は20時。まずベトナムドンへと換金。
ラオスのキップでも十分単位が多かったが、ベトナムに来て更に増えた。
世界で二番目に価値の低い通貨の名は伊達ではない。
(*1ドン=約0.005円 1円=約210円。最高貨幣の50万ドンで2300円くらいの価値)
情報収集のため日本人宿に宿泊。今日は遅かったので近くのコンビニで食事を済ます。
24時間営業のコンビニが近くにあることがどれだけ幸せか・・・。
翌朝目を覚ましたのが9時。
この日は翌日のゲテモノ巡りに備えハノイを歩き回りつつ情報収集に出かける。
朝飯兼昼飯を求めて歩いていると繁盛してそうな店に同年代くらいの二人組の日本人女性旅行客がいたので隣に座らせてもらった。
僕はかなり老け顔のようで、「どう見ても同年代」じゃないという定番の話題をしつつ
ここのお店はブンチャーという肉つけ麺的なものが人気なことを教えてもらった。
60000VND(約280円)で大量のライスヌードルと豚肉の肉団子のようなものがゴロゴロ入っており、パクチーと唐辛子、ニンニクはセルフで入れ放題で、さながらハノイの二郎ラーメンとでも言うべきだろうか。
スープはヌクマム(魚醤)ベースなのだが、少し甘めの味付けでヌクマムが苦手な方でも全然食べられると思う。
何より大量に入った肉団子が美味い。こちらも甘ダレのようなもので味付けされており、麺と合う。
東南アジアは「優しい味」と形容されるような、あっさりしたものが多く、ベトナムもフォーが有名で例外ではない。優しい味に飽きたジャンキーたちは是非食べてほしい。
その後に、この日は日曜日だったこともあり、インスタ映えスポットでも有名なディエンビエンフー(Dien Bien Phu)通り~フンフン(Phung Hung)通りの区間に敷かれた線路を訪れることにした。
民家に挟まれた線路が伸びており、自由に立ち入ることができ、なんといっても目玉はこの線路に列車が走る。
走る列車がハチャメチャに近いのだ。
平日は6:00/19:00
土日は11:35/15:20/17:45に通過するようで昼間に見たいなら土日しかない。
いざ通過した列車をローアングルで撮るためにしゃがんだのだが、膝をすれすれで通っていく鉄の塊が怖すぎてカメラも全く振り回せなかった。
地元の人が「インサイド!インサーーイド!!!」ってめっちゃ怒鳴り散らしててそんな必死ならんでもwって思ってたら普通に少しヨロけたら死ぬくらいの距離でビビった。あと長い。 pic.twitter.com/R6tDt2UXkR
— おうま (@_0uma) August 11, 2019
昨年ごろからはカフェなどが立ち並び観光地化され、ハノイの代表的なスポットだった。
だった・・・・・。
僕が訪れたのは8月。
当時は問題視されているような感じはなかったが、ここにきて突然といった風だ。
雑多な雰囲気や物価が安いこともあり、近年旅行先として人気急上昇な東南アジアをはじめとする、新興国にはこういった側面もある。
そもそも日本じゃありえない話で、良くも悪くもこういった文化やスポットは消えゆくものなのである。
ハノイには食犬、食猫の文化がある。一方、新興国として注目されつつあるベトナムという国そのものは国際的なメンツとしてあまり推奨していないようであり、犬猫の肉を売る屋台で有名な通りがあったらしいがそれも過去のものとなった。
先進国に追いつこうと急激な発展を遂げる途上国。その時代の流れに置いて行かれてしまう景色や文化は今しか撮れないのである。
奇界遺産・佐藤健寿はあるインタビュー記事にて
「(奇界遺産を代表として)近いうちになくなりそうなものを撮っていることが多いがそれはある種のノスタルジーからなのか?」と問われた際の言葉を思い出した。
今は、もう存在しない。ということは、撮りたくても撮れないわけですよね。その時代、その瞬間でしか撮れないモノを、かつての写真家は撮影してきた。だから自分もそうあるべきというか、思い立った瞬間に撮りにいかないといけないとは常々思ってます。さらに言えば、これから出てくる新しい写真家に誇れるものがあるとすれば、結局、現在この時代を撮っている、ということしかないと思う。逆にいえば、未来のものは彼らにしか撮れないからこそ、そう思うんですけど。
僕は今回の旅で、そしてこのブログを書きながらこのことを痛感した。
次回、ハノイにてゲテモノを食らう